ミステリーシネマ神戸・はてな支店

永遠のセルマとミステリーシネマ神戸の抜粋です。

無法松の一生 1943 大映

阪妻は現代劇初主演作。

戦中に告白シーンを内務省に検閲されてズタズタにされてしまった。

戦前、文学座や新派も公演したことがある。

時は明治30年。無法松こと松五郎は小倉で生まれたけんかっ早い車引き。

ケガをした吉岡敏雄を助けたことから軍人の吉岡家に出入りが許される。

しかし当主の吉岡小太郎は流行病であっけなく亡くなる。

無法松は、後に残された未亡人良子と一人息子敏雄の世話をかいがいしく看るのだった。

やがて敏雄も中学へ上がり思春期を経て、親元を離れ熊本の五高へ進んだ。

久しぶりに夏休みに恩師を連れて里帰りした敏雄の前で、無法松は祇園太鼓を披露する。

さらに月日はたち、無法松は酒で体をこわし、ついに亡くなる。

あとには敏雄のために500円もの貯金が残されていた。

この作品では、無法松が良子に告白する重要なシーンがあるのだが、戦時中のため時節柄ふさわしくないとして内務省はカットしてしまった。

戦後、GHQとしてはこのシーンが残っていればつないだはずだが、どうやら大映はフィルム自体を捨ててしまったらしい。

そこで戦後、同じ稲垣監督の手により、三船敏郎高峰秀子主演でリメイクされた。

その作品も評判になり、ヴェネチア映画祭金獅子賞を受賞している。

園井恵子はこの映画でしか見たことは無いが、非常に清楚で美人だった。

数年前まで女優ベスト100には必ず顔を出していた人だ。

彼女が元宝塚男役スターだとは驚きである。

この映画の大ヒットの後、他の映画の出演を請われるが、演劇人であった彼女は舞台での「無法松の一生」を選んだ。

それが悲劇になってしまった。

美人薄命だった。

彼女が原爆でなくなったことは映画演劇界にとって大きな損失である。

生きていれば他にない美人のお母さん女優になったと思う。

監督 稲垣浩

原作 岩下俊作

脚本 伊丹万作

出演

阪東妻三郎

月形龍之介

園井恵子(元宝塚男役スター、広島で「無法松の一生」公演中に被曝して亡くなる。)

永田靖

澤村アキオ(子役、のちの長門裕之

川村禾門

杉狂児

映画上映から18年後に村田英雄が大ヒットさせたのが次の「無法松の一生」である。

でもこの曲を聞いていると、阪妻の作品より三船敏郎の作品からインスパイアされた部分が多いと思う。